“ソーシャル” なこころを考えるための十冊

 一般の方に向けて社会心理学に関する本の紹介を,と依頼されて2012年1月に書いた原稿 (時報しゃりんけん第5号,南山大学社会倫理研究所) です。よろしければご覧下さい。

 “ソーシャル” なこころを考えるための十冊

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時報しゃりんけん 第5号 Jun. 2012 pp34-37 社会倫理の道標

案内■ 土屋 耕治 南山大学人文学部心理人間学科講師

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 最近,ちまたで「ソーシャル」という言葉を聞く機会が増えたように思う。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS),ソーシャル・ゲーム,ソーシャル・メディア,ソーシャル・ブレインなどなど。心理学においても “ソーシャル”・サイコロジーという研究領域がある,というと “今風” に聞こえるかもしれないが,「社会心理学」のことである。
 社会心理学という語の中の “社会” とは,“ソーシャル” という言葉で表しているものに近い。周りの影響を受けると同時に,周りに影響を与える中で浮かび上がる私たちの行動・思考を扱う研究分野であると言える。
 このように書くと,扱う範囲がとても広く思われるかも知れないが,実際その通りである。同調,説得に関することから,偏見・差別,文化の話まで。本紹介で,その全てを網羅することは出来ないが,このような膨大な守備範囲の中に共通するのは,人間の持つ “ソーシャル” なこころと言えよう。“ソーシャル” なこころとは何か(むしろ,“ソーシャル” というキーワードなしに “こころ” は語れないとも思っている)について考えるための10 冊を紹介していきたいと思う。

現実の問題からの問い

 社会心理学の研究は,現実の問題と切り離すことはできない。同調や服従の研究などはその代表格と言えるだろう。社会心理学の一つ一つの研究は,実験室などの統制された状況で行われることも少なくないが,その問題意識や切り口は,現実と向き合う所からスタートしている。

服従の心理

 社会心理学の中でも,古典と言える(私には,伝説のようにも思える)実験がいくつかあり,その1 つがスタンレー・ミルグラムによる服従の実験であろう。初めに,この実験に関して,2 つの本を挙げる。第一は,①服従の心理 スタンレー・ミルグラム,山形浩生訳,河出文庫,第二は,②服従実験とは何だったのか−スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産 トーマス・ブラス,野島久雄・藍澤美紀訳,誠信書房,である。前者は,ミルグラムが,自身の行った一連の実験とその考察について記した本であり,後者は,服従実験を中心にミルグラムの生涯をふり返る本である。
 第二次世界大戦中に,強制収容所で重要な役割を果たしたアイヒマンという人物は,「極悪人ではなく,ただの役人であった」とは,哲学者ハンナ・アーレントの考察である。ユダヤ人であったミルグラムは,この点に注目し,人は果たしてどの程度まで権威に弱いのだろうか,ということを明らかにする実験を行った。これが,服従実験である。教師役の実験参加者は,生徒役(サクラ)が問題に間違えたら電撃を与えるように実験者に言われる。
 実験者に言われるままに,参加者が電撃をだんだんと強くしていくと,生徒役は,「もう止めてくれ!!」と苦痛の声を上げ始める(もちろん,この声は演技であり,実際に電撃は流れていない)。参加者が「痛がっているけど,よいか」と聞けば,実験者は「続けて下さい」と言い,仕方なく電撃を強めていく…。その時に人はどうするのか。結果は,事前の予想を裏切り,多くの人が,最大限の電気ショックの刺激のボタンを押してしまう,というショッキングなものとなった。この本では,この実験が,よく知られているタイプのもののみならず,実験者の人数,参加者とサクラとの距離など,いくつも条件が変えられて行われていることを知ることができる。
 想像に難くなく,この実験は倫理に関する議論も巻き起こした。科学への貢献,と大義名分が与えられたとしても,実験参加者を苦しめることがあってはいけないのではないかという論点は,まさに服従実験で示したことなのだと思える。「服従の心理」に加え,「服従実験とは何だったのか」を合わせて読むと,人のこころに挑む,社会心理学者の生き様が伺える。

冷淡な傍観者たち

 1 つの事件を元に,それを生み出す人間について社会心理学者が迫った研究がある。その事件は,普通のニュースのように報道された。『昨日の早朝,クィーンズに住む二八歳の女性が,キュー・ガーデンズの彼女の住むアパートの前で刺殺された。』被害者の名前を取ってキティ・ジェノヴィーズ事件と呼ばれる。この事件が特異だったのは,最初の叫び声が聞かれてから被害者が殺されるまでに30分近くかかっており,その間,38 人の人がその悲鳴を聞いていたが,通報をしなかったということにある。ピューリツア賞を取ったこともある新聞記者がこの事件についてまとめたものが ③ 38 人の沈黙する目撃者−キティ・ジェノヴィーズ事件の真相 A・M・ローゼンタール,田畑暁生訳,青土社,である。あなたは,「自分であれば黙っていない」と果たして言い切れるのか,という問いは重い。この事件に触発されて,ビブ・ラタネとジョン・ダーリーが行った一連の実験とその考察を記した本が,④冷淡な傍観者−思いやりの社会心理学 ビブ・ラタネ,ジョン・ダーリー,竹村研一・杉崎和子訳,ブレーン出版,である。人間は,周りに人がいるときと,一人の時だと,どちらの方が倒れている人を助けるのか。人が周りにいることは,人を冷淡にしてしまうのか,と。「哲学的な問題への深い興味を創造的でわかりやすい実験のやり方に結びつけ,そこからはっきりした結論を導き出す」(服従実験とは何だったのか,p8)とは,正に,こうした社会心理学者の実験の様を表した言葉であろう。

予言がはずれた教団の行方

 現実の問題に迫る,だけではなく,入ってみる,ということの記録が,⑤予言がはずれるとき−この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する L・フェスティンガー,H. W. リーケン,S. シャクター,水野博介訳,勁草書房,には記されている。彼らは,自らの認知的不協和理論という仮説を検証する事例を探していた。この理論は,意見,信念,環境についての知識,それに自分自身の行為や感情についての知識の間の関係において,不協和状態が生じた場合,それを低減させようという圧力が生じる,と説明する。彼らは,この世の破滅を予知した教団が,その予知が外れた後,どのように変化していくのか,を教団のメンバーとして参画する中で丁寧に観察した。本書はその記録である。事の顛末は,理論的仮説を支持するものであり,教団メンバーは予知に対して既に高い関与が生じていることから,周りに自らと同じ態度の人を増やすべく布教活動に力を注ぐ,という結果であった(このあたりメカニズムについては,訳者解説が分かりやすい)。身体を張るという言葉がこれほど似合う研究もない。

影響力という武器

 次には,⑥影響力の武器−なぜ,人は動かされるのか ロバート・B・チャルディーニ,社会行動研究会訳,誠信書房,を挙げよう。原題は,“Influence”,つまり,影響力,とだけあるが,邦題は,影響力は武器になるということを端的に示していると言えよう。人が人に影響を与える,人を動かすということの「力」を説明する。返報性やコミットメントと一貫性など,人が動かされる際に従う「原則」を数々の実験で明らかにしていく本書の内容は,なぜあれを買ってしまったのだろう,ということを説明し,内省を促すだろう。「はい」と言ってしまう,「はい」と言わせる,その裏に迫る。

意識できていないところの影響

 社会心理学で扱う,人を含めた周りの環境からの影響とは,自覚しているものばかりではないことは,「影響力の武器」からも想像できるであろう。そうした非意識的な情報処理に関するこころの仕組みの理解を助けるものが,⑦サブリミナル・マインド−潜在的人間観のゆくえ 下條信輔,中公新書,である。本書は,認知科学者の著者が,大学で行った講義を元にしたものである。『問 人は自分自身の態度,感情その他の内的状態を,いかにして知るか? 答 まず自分自身の目に見える行動を観察し,また周囲の状況を観察し,推測することによって 』(サブリミナル・マインド,p20)。これは,社会心理学者であるベムが提唱した自己知覚理論に基づく。本書で紹介される数多くの実験からは,周りからの影響のみならず,自分のこころにさえも鈍感で,自分自身についてさえ,周囲の手がかりを用いる私たちが浮かび上がる。これは,こころが “ソーシャル” であることの一側面をあらわしていると言えよう。

文化の影響とは

 上記のような,こころが “ソーシャル” であることを文化のレベルから議論している本が,⑧文化と実践−心の本質的社会性を問う 石黒広昭・亀田達也編,新曜社,である。人間という動物の持つ特徴の1 つに,自らに合うように周りの環境を作り出す,ということがある。『本書で我々は心の本質的社会性を主張する。心は社会的に構成されている。そして,その心がまた社会を創造する。心と社会は人々の実践活動を通して繋がれる。』と冒頭にあるように,心と社会の相互依存関係について,気鋭の学者が3つの異なる立場から,議論を交わす。文化が心を作り,心が文化を作り出す。では,そのダイナミクスはどのようになっているのか。本書は,3 名が主張を述べた後,別の学者によるそれに対する忌憚のないコメントが述べられる,という形式を取っていて,議論の様子が分かるという点においても,とてもスリリングな本である。

物が売れていく過程に,人はどう関わっているのか

 残り少なくなって来た紹介の中で触れておきたい一冊が,⑨急に売れ始めるにはワケがある−ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則 マルコム・グラッドウェル,高橋啓訳,ソフトバンク文庫,である。これは,流行がどのように生まれるのか,について,アカデミックな知見,学者へのインタビュー,人と人とのネットワークのキーとなる人物へのインタビューから構成されている。そして,どういったプロセスによって,特定のものが流行ることとなったのかを丁寧に紐解いていく。抽象的な話だけではなく,キーとなる人の人となりも明らかにしている本書は,こころがつながり社会のうねりを生み出す様相を描き出す。

社会心理学者の視点

 最後に紹介するのは,一人の学生が,遊学しながら社会心理学者になっていく過程を描いた⑩異邦人のまなざし−在パリ社会心理学者の遊学記 小坂井敏晶,現代書館,である。著者は,日本に生まれ,世界を放浪し,現在は,パリ第八大学で教鞭を振るうという経歴の持ち主である。彼が,どのように心理学に出会い,どのような視点を持ちながら研究を行っているのか。指導を仰いでいた著名な社会心理学者モスコヴィッシ教授は,重箱の隅をつつくような批判をする学生を厳しく叱り,「くだらないことをするな。他人の欠点を見つけるのは,お前でなくともできるんだ。」と言ったという。異文化との出会いから,研究への向き合い,異邦人として生きることについて,語られる。研究とは,現実への独創的な切り込み方であり,深い洞察が価値を生む様が活き活きと描かれている。

最後に

 ここまで,古典と言われる研究から,現在の様々な視点まで紹介してきた。この紹介を執筆する中で,私自身,現実問題に対して,社会心理学者はどのように戦いを挑んできたのか,ということを考え直している。「目に見える状況の力だけでなく,誰も予期していなかった状況のなかから眼に見えない特徴を取り出して見せたことにある。」(服従実験とは何だったのか,p8)とは,優れた社会心理学者を形容した言葉であり,社会心理学に携わる者としては,こうした取り組みが明らかにするこころの様相があるように思いたい。権威には弱く,ときに冷淡で,矛盾しているように見える行動を取り,人に動かされ,育った文化の影響を受け,埋め込まれたネットワークの影響を受け,それらに自覚もない。数々の研究で先達が解き明かしてきた “ソーシャル” なこころとは,そんな社会的動物としての人間の特徴だ。
 社会のうねりに対して,研究という武器を持ち,こころを明らかにすべく研究してきた(戦いを挑んできた)社会心理学者自身の歩みもまた,周りに影響を与え,与えられ歩んできたという意味において,ソーシャルな営みであったのだという実感を,10 冊を見通して思っている。ここで紹介した10 冊は,社会心理学者の社会への挑み方から,“ソーシャル” なこころを考えることとも言えようか。本紹介を読んだ方が,少しでも “ソーシャル” なこころに興味を持ち,先達が踏み固めた足跡の上を歩いてもらえればと思っている。■

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