FallacyOfLearningPyramid

ラーニングピラミッドの誤謬

―モデルの変遷と “神話” の終焉へ向けて

土屋耕治 (南山大学人文学部心理人間学科) 2018.04.02公開
本ページのURLはこちら: https://kojitsuchiya.wordpress.com/fallacyoflearningpyramid/

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南山大学人間関係研究センター紀要 (雑誌名「人間関係研究」) に,
ラーニングピラミッドの誤謬: モデルの変遷と “神話” の終焉へ向けて」と題する論文を公表しました。
(土屋耕治 (2018). ラーニングピラミッドの誤謬: モデルの変遷と “神話” の終焉へ向けて 人間関係研究,17,55-74. )

他の論文も含んだ紀要の17号はこちらから→https://www.ic.nanzan-u.ac.jp/NINKAN/kanko/bulletin17.html

当該論文pdfはこちらから→pdf

(上記からのpdf表示がうまくいかない場合,こちらからどうぞ→pdfミラー)

リンクも伴った本文は,本ページ下部に載せました。 (→本文へジャンプ)

ラーニングピラミッドの疑義に関して,2018年4月初旬現在,日本語で読めるものとしては決定版となるのではないかと思っています。
幅広い読み手を想定して書きましたし,それなりにインパクトがある論考となっているかと思います。
(とくに,ラーニングピラミッドを説明に使ったことのある方は,衝撃に備えてからお読み下さい!)

ラーニングピラミッドという学習定着率に関するモデルについて,モデルの変遷を整理し,この “神話” を終焉させるべく,その使用がもたらす悪影響を論じました。

NTLメンバーのワークショップを複数受けた経験を持つ身としては,なんでNTLがラーニングピラミッドの研究源として紹介されるのか疑問でしたし,「人に教える」と言っても文脈や内容によるだろうに,と思っていたりしました。

※Tグループが行われていた場所であるメーン州のベセル (NTLの最初の所在地) について同僚の先生から話を聞いていたため,「このピラミッドはNTLのメーン氏とベセル氏の研究で」などと説明されているのを見ると,どこかで誤解を解かなくては,と思っていました。

先に書いておきますが,本論考は,アクティブラーニングの推進を否定するものではありません (個人的には,むしろポジティブなムーブメントだと思っています)。
本論考は,「アクティブラーニングの推進の理論的根拠として,ラーニングピラミッドを用いるのは不適だ (アクティブラーニングが本来目指しているものをラーニングピラミッドを根拠に用いることで大きく損じる)」という主張です。

ラーニングピラミッドとは,講義を聞いたり,文献を読んだりする学習方略は定着率が低い一方,他者に教えるという方略は,定着率が高いという調査結果を示した図ですが,出自を調べると全くのデタラメであることがわかります。

モデルに関する疑義を紹介するものは複数ありました (e.g., 山本,2011; 中井・嶋田,2017,英文で読めるものは多数) が,本論考では新たに,下記のことを論じました。

(1) 出典とされる初期NTLモデルがどのような文脈で用いられたのか

NTLメンバーのワークショップを受けたことがあるから分かる諸々を考察に加えました。トレーナートレーニング,がキーワードです。検討の過程で,NTLが初期に用いたものには,他者へ教える,ということは含まれていないことがわかりました。

(2) 他者へ教える,ということが生まれた経緯の推測

キーワードはコーチングです。コーチングをともなった体験学習,という記述が,コーチ = 他者に教える,ということに変容した可能性があることを紹介しました。

(3) 数値の原型となったと考えられる1913年の文言について,文脈を含めて紹介

1913の文献について,文脈も含めて丁寧に紹介しているものは英文でもなかったかと思います。その鍵はなんとモンテッソーリ法にありました。これを見つけたときには,知的興奮を覚えました (JSTORの検索の凄さにも感服しました)。100年前の資料も文字検索できたから見つかったものです。

(4) モデルが実証的な根拠にもとづいていなかったとしても実感としては分かるというような利用の仕方も,悪影響をもたらすため辞めたほうがよいこと

現在,Web検索で引っかかってくる文言やアクティブラーニングのテキストでの使われ方をみても,ここで楔を打っておいた方がよい,と思いました。

(5) Daleを始めとした階層的モデルの問題点

直接経験と命題,法則,概念の関係について論じました。高等教育に関係する学者がなんとなくアクティブラーニングに関して感じる違和感の原因にも触れられたと思っています。直接経験の蓄積が正確な抽象的な法則の獲得につながるという強い前提が置かれているものの,そうした前提は直接経験による観察が全体の法則と矛盾しないというあくまで一部の場合に限ること (例,ある人種と性格が関連あるように感じるかもしれないが,マクロなデータではそれを支持するものがないこともある) に言及しました。このことに関するレヴィンの言葉が物語るものも大きいと思います。

また,なぜこのモデルを用いてしまうのか,ということに関しても論じ,下記の2つを挙げました。

a. このモデルが,比較しにくいものを一元的に比較していること (実際はデタラメな数値ですが)
b. このモデルが,高い自己複製性,すなわち,強いミーム (meme) を持っていること

ラーニングピラミッドは「教えることがよい」というモデルであり,それは,このモデルを紹介する者が肯定される上,このモデルを知った者が,このモデルのことを「他者に教えること」を動機づけられます。様々なハイブリッドにより生まれたモデルのうち,淘汰の過程で残ったのが現在のラーニングピラミッドだという可能性もあると考察しました。

(ミーム学のサンプルとしても面白い題材だと思います。)

読み手の想定とメッセージは下記の通りです。

【初等中等教育関係者へ向けて】

アクティブラーニングの理論的根拠としてラーニングピラミッドを用いているかもしれませんが,本論考を読んでいただくと分かる通り,その数値はデタラメです (本論考では,階層モデル自体のもたらす悪影響にも触れています)。

アクティブラーニングを推進する理論的根拠としてラーニングピラミッドを用いることを辞めることを強くおすすめします。

本論考を,生徒・学生さんが読んでも,ラーニングピラミッドが正しいと言い張れる根拠があれば,お止めはいたしませんが,それは難しいのではないかと思います。

アクティブラーニングへの転換は,パラダイム転換も伴って行われる必要があるため,記憶率という元来のものと基準を一にしてその良し悪しを論じるというのは,元々難しいのだと思います。

【高等教育関係者・研究者へ向けて】

いわゆる研究と素人理論との違いだと思います。学問に携わる端くれとしては,「なんとなく実感としてそう思う」ということと,「科学的検討に則って露わになる知見」の間に大きな隔たりがあることは言うまでもなく自明のことだと思います。本論考では,ラーニングピラミッドをはじめとした階層型モデルへの違和感は,階層モデルが「直接経験することとマクロな (抽象度の高い) 法則の間に矛盾がない」という強い前提を置いているためだと論じました。

このことから分かる通り,直感に反するが科学的には正しい知見というものが存在する,ということを日常の営みとして知っている研究者が,日常経験の蓄積と抽象度の高い法則の間にねじれのない関係を前提としていることに違和感を感じるのは当然のことだと思います。

【ラボラトリー方式の体験学習に馴染みのある方へ向けて】

アクティブラーニングの理論的根拠として用いられたラーニングピラミッドは,ラボラトリー方式の体験学習を推進するNTL Instituteの資料がその根拠とされています。人間関係領域に関する体験学習の有効性を考えるための資料が,いつのまにか,教科学習を含めた学習全般に関する議論にすり替わってしまったことをご確認下さい。

【南山大学人間関係研究センター・NTL Instituteに馴染みのある方へ向けて】

南山大学人間関係研究センターでも実施しているトレーナー・トレーニングのプログラムが,ラーニングピラミッドが最初に用いられた文脈でした。コーチングによる人間関係に関する学習と教科学習の関係,また,実感を伴い学習することとマクロの調査から見出される知見の相違について,再考していただければ幸いです。

私自身は社会心理学者で実験室実験を行いますが,歴史を辿る,ということもどうやら好きなことがわかりました。
(2017年にある研究会 (日体研) でノベルティを作成した際,種々の名言の原典をたどったのですが,その改変の大きさに驚くと同時に,原典を見つけたときの喜びと,原典の持つ独特の気高さに触れたことも大きかったように思います。)

直接経験と間接経験という大学院からのテーマと,NTLという2つが絡むテーマだったので,私が書かなければいけないだろう,というような使命感も感じたトピックでした。

NTL,デューイ,レヴィン,直接経験と間接経験 (大学院時代からのテーマ),少数のサンプルからの全体の推測 (卒論のテーマ),ドーキンスのミーム,拙論「人間関係学習論」,を一つの論文で絡めて論じられたのは楽しい経験でした。

1913の原典を見つけたときは,大きな知的興奮を覚えました (実は,見つけたのは校正の最中だったのですが苦笑)。

個人的には、1913の訳出も気に入っています。

「モンテッソーリ法の鍵が “行なうこと” にあるならば,他のどんなやり方よりも,子どもは自らの活動によって多くを学ぶだろう; 私たちは10聞いたうち2しか覚えない。
私たちは10見たうち5を覚え,10触ったうち7を覚え,10行なったうち9を覚える。」

5割などと言いかえず,このような言い方であれば誤解も生じなかったのでは,と思ったりします。

直接経験を重視する思想については,アメリカの反知性主義との親和性もあるのだろうと思っていますが,それは,アメリカ思想史の流れと合わせて,またの機会に論じたいと思っています。

論文の最後にあるように,本論考には,ちょっとした仕掛けがしてあります。
本論考を読むことによって,態度や行動を変えようとあなたが思ったとします。
実は,そのこと自身が,文献を読むことの効果が低い,ということと矛盾していますよね,という入れ子構造です。
Daleで述べられている抽象度の程度は,コミットメントや法則の頑健さと交絡していることがお分かりいただけるかと思います。

下記,pdfの文章を,Webで見られるように配置しました。本文中にもできるだけリンクを貼ってありますので,こちらの方が辿りやすいかと思います。
また,忌憚のないご意見をいただければ幸いです (tsuchiya@nanzan-u.ac.jp)。


特集「グループによる学び」

ラーニングピラミッドの誤謬

─モデルの変遷と “神話” の終焉へ向けて─

土屋耕治
(南山大学人文学部心理人間学科)

※本研究は,JSPS科研費26780348の助成を受けたものである。

※Web用に一部,改変しているところがあります。

要旨

本論考は,多様な学び方を説明する際に用いられるモデルであるラーニングピラミッドに着目し,そのモデルの出自と変遷を明らかにしつつ,モデルの誤謬を検討した。具体的には,現在流布しているラーニングピラミッド,初期NTLで用いられた図,Dale(1946)の “経験の三角錐” の相違を整理し,問題点を指摘した。そのうえで,ラーニングピラミッドをはじめとした階層モデルを用いる危険性について,主に,学習における具体的直接経験と抽象事象の関連の観点から考察を加えた。

キーワード

ラーニングピラミッド,アクティブラーニング, “経験の三角錐”

目次

(クリックで,該当箇所へ飛びます)

背景

本論考の目的

アクティブラーニング推進の動き

ラーニングピラミッド

ラーニングピラミッドとは何か

ラーニングピラミッドの出自と変遷

3つのモデルの相違

ラーニングピラミッドに関する疑義

ラーニングピラミッドの出自,とくに数値に関して

ラーニングピラミッドを使用することの悪影響と潜在的危険性

1.ラーニングピラミッドを使用することの悪影響

2.直接経験と概念・命題の間がヒエラルキーで表現可能であるための前提条件

なぜラーニングピラミッドが用いられるのか

終わりに

 

背 景

本論考の目的

本論考は,多様な学び方を説明する際に用いられるモデルであるラーニングピラミッドに着目し,そのモデルの出自と変遷を明らかにしつつ,モデルの誤謬を整理し,グループでの学びを理解するための枠組みを再提案することを目的とする。はじめに,ラーニングピラミッドとは何かを説明する。次に,その出自と変遷を,Daleの “経験の三角錐” モデルを引き合いに出しながら検討を加える。そのうえで,ラーニングピラミッドの持つモデルと学習における具体的直接経験と抽象事象の関連に関して考察を加える。

アクティブラーニング推進の動き

学習指導要領改訂では,「主体的・対話的で深い学び」,ならびに,アクティブラーニング(能動的学習)が紹介され,様々な教育場面で導入が推進されている。アクティブラーニングとは,「一方向的な知識伝達型講義を聴くという(受動的)学習を乗り越える意味での,あらゆる能動的な学習のこと。能動的な学習には,書く・話す・発表するなどの活動への関与と,そこで生じる認知プロセスの外化を伴う。」(溝上,2015)と定義される。

文部科学省の資料(文部科学省,2015)によれば,今回の改訂の視点は「子供たちが『何を知っているか』だけではなく,『知っていることを使ってどのように社会・世界と関わり,よりよい人生を送るか』ということであり,知識・技能,思考力・判断力・表現力等,学びに向かう力や人間性など情意・態度等に関わるものの全てを,いかに総合的に育んでいくかということである。」とされる。そのうえで,先に挙げた力は,「主体的・協働的な問題発見・解決の場面を経験することによって磨かれていく」と捉え,「こうした学びを推進するエンジンとなるのは,子供の学びに向かう力であり,これを引き出すためには,実社会や実生活に関連した課題などを通じて動機付けを行い,子供たちの学びへの興味と努力し続ける意志を喚起する必要がある。」〔原文ママ〕と紹介している。さらに「このように,次期改訂が目指す育成すべき資質・能力を育むためには,学びの量とともに,質や深まりが重要であり,子供たちが『どのように学ぶか』についても光を当てる必要があるとの認識のもと,『課題の発見・解決に向けた主体的・協働的な学び(いわゆる「アクティブ・ラーニング」)』について,これまでの議論等も踏まえつつ検討を重ねてきた。」とアクティブラーニングに言及している。

ラーニングピラミッド

ラーニングピラミッドとは何か

学習方略の効果性の文脈において,ラーニングピラミッドと呼ばれるモデルが存在し,アクティブ・ラーニングの理論的根拠として紹介されることがある。たとえば,アクティブ・ラーニングに関する書籍(アクティブラーニング実践プロジェクト,2015, p. 13)では,次のような紹介をしている。

ラーニングピラミッドという模式図が説明に使われることが多いが,「他者に教える」という行為が,講義を単に座って聞いているだけの行為よりも何倍もの知識の定着をもたらすことは,経験的に知られているし,読者も体験として実感があると思う。図表1-3がそのラーニングピラミッドと呼ばれるもので,ご覧になった方も多いかもしれない。近年,実証的なデータではないことが指摘されているが,学び方によってその内容がどれだけ半年後に定着しているかを示した模式図としては,それなりに説得力があり,多くの場面で使われている。

ラーニングピラミッドは,学習定着率という説明が付与され紹介されることが多く,また,その出典は,National Training Labolatory(アメリカ国立訓練研究所; 以下,NTL)とされる。
アメリカの企業,教育界の研修でも,ラーニングピラミッドがよく用いられ,参加者の9割以上が知っている(Thalheimer, 2006)という(山本,2011)。Lalley and Miller(2007)は,ラーニングピラミッドが,書籍(Sousa, 2001; Danielson, 2002; Drewes & Milligan, 2003), 学術論文(Wood, 2004; Brueckner & MacPherson, 2004; DeKanter, 2005),教師向けの教材(Boulmetis, 2003; Hershman & McDonald, 2003)など,様々な場所で用いられていることを紹介している。日本においても,上記に挙げた書籍の他,『図解アクティブラーニングがよくわかる本』(小林,2016)や,河合塾の報告書(河合塾,2010),大学のWebページ(e.g., 名古屋商科大学)など,学習塾や高等教育に関わる者,論文など様々に紹介されている。紹介のされ方には,二つあり,第一は,アクティブラーニング型授業がよいことの根拠として紹介する方法であり,第二は,上記に紹介した引用のように,実証的なデータに基づかないということを付記しつつも,実感としては理解できるだろうという紹介をする方法である。

本論考では,ラーニングピラミッドの疑義を整理しつつ,このモデルをアクティブラーニングの理論的根拠として用いること自体が,様々な悪影響をもたらすことを論じる。先にも挙げたが,近年,ラーニングピラミッドはモデルの紹介とともに,このモデルへの疑義が様々に報告されてきている。本論考では,まず,その出自に関して,簡単に紹介するとともに,主に記憶定着率の点から問題とされることにとどまらず,このモデルが引き起こす可能性の持つ潜在的な問題を指摘する。

ラーニングピラミッドの出自と変遷

まず,ラーニングピラミッドの問題について,3つの図を用いて説明を行いたい。第一は,先に上げた,現在流布しているラーニングピラミッドの図(Figure 1),第二は,NTLが提供をしている最初に数字が入って用いられた図(Figure 2),第三は,Daleの “経験の円錐” と呼ばれるモデル(Figure 3),である。

Figure 1. 現在流布しているラーニングピラミッドの紹介され方の例

Figure 2. NTLで用いられたとされる初期モデル(Lalley and Miller, 2007より抜粋)

Figure 3. “経験の三角錐(Cone of Experience)”(Dale,1946
Note. デール(1950,有光訳)より抜粋(p. 57)。NTLのモデルでは,後の版のものが引用されているが,「映画」の部分に「テレビ」が追加されている他,後の版でも階層構造は同様。

第一のモデルは,上から「講義:5%,読書:10%,視聴覚:20%,デモンストレーション:30%,グループ討論:50%,自ら体験する:75%,人に教える:90%」の順になっており,手法と「平均学習定着率」が紹介されている。ものによっては,「半年後」の記憶定着率と具体的な期間が付加された紹介のされ方もある(Figure 1)。

第二は,NTLがその初期のものとして,問い合わせに対して自由な使用を認めた図である(Figure 2)。先に挙げた現在流布しているラーニングピラミッドは,NTLがその出典と紹介されることが多い。Lalley and Miller(2007)は,数値の根拠となる調査の詳細を求めて,NTLに連絡を行い,それに対するNTLの具体的な回答を紹介している。NTLには,どういった調査を元にこの知見が報告されたかという問い合わせが数多くなされているようで,NTLで最初に用いられたと考えられる資料(Figure 2)を紹介し,「このモデルは,1960年代前半に使用されていた」「数値は正確であると考えているが,元となるデータを持っていない」と答えている。NTLが最初に用いたとされる図には,出典として,Daleの “経験の三角錐” が挙げられている。

この初期NTLモデルでは,現在流布しているラーニングピラミッドといくつかの点で異なることが確認できる。上部には,「大規模な調査によって支持されている重要な学習規則は,人間は学習プロセスに能動的に関わっている時に最も学ぶということである。三角錐の下に行くほど,多くを学習,記憶している。」と書かれている。そのうえで,「読む:読んだものの10%,講義を聞く:聞いたことの20%,展示・実物大模型・図表を見る:見たものの30%,ライブのデモンストレーション・ビデオや映画を見たり,見学に行く:聞いたり見たりしたことの50%,ワークシートを行ったり,マニュアルやディスカッションガイドに従う:話したり書いたりしたことの70%,実際の経験を擬似的に行う(練習,コーチングを伴って),実際に行う:活動にともなって話したことの90%」を「人は一般的に記憶している」とされる。下部には,Dale(1954)の著作が挙げられ,その43ページを改変した(adapted from),と紹介されている。

そもそも,これはどういった文脈で用いられたものであろうか。本紀要の発行主体である南山大学人間関係研究センターは,NTLから講師を招き,ワークショップを行ってきた。著者も,NTLのメンバーが講師を努めるワークショップに複数回参加した経験も持つ。NTLは,Kurt Lewinが創設に携わり,Tグループ(Training Group)と呼ばれる非構成型の体験学習をはじめ,現在においても,様々なワークショップを行っている。現在流布しているラーニングピラミッドを紹介する際,Figure 1のような出典にある“Bethel, Maine” を研究者の名前と紹介するものもあるが,これは,NTLの所在地であったメーン州のベセルを指しており,誤りである。最上部には,“PacifiCorp” という企業名とともに, “CSS” “Train the Trainer” の記述がみられる。本センターでも行っているワークショップのスタイルに,トレーナーを養成するためのコースがあり,それが,トレーナートレーニング(Train the Trainer)と呼ばれる。ここからは,予測の域を出ないが,NTLが,企業であるPacifiCorpから依頼を受け,CSS(おそらく,Customer Service and Support,つまり,カスタマーサービス)の部署に対して,スタッフを訓練する人を養成するワークショップ(Train the Trainer)を行った際に,このモデルを用いたのではないかと推測される。NTLは,模擬練習を含んだ体験学習(ラボラトリー方式の体験学習)をその手法の核としている。ワークショップの場で,実際に擬似的な体験を行うこと(練習や,コーチングを伴って)が有益であることをこのモデルを使って説明しつつ,ワークショップを展開したのではないだろうか。つまり,ワークショップで取り組む方法が有効であることを支持するものとして用いたと推測される。

第三は,Dale(1946)の著作に紹介されている “経験の三角錐(Cone of Experience)” である。このモデルは,先に挙げた初期NTLモデルでも言及されている。Daleは “経験の三角錐”(Figure 3)を《直接的な学習経験から抽象的な学習経験に至る種々の経験の系列を示す一つの視覚的な比喩》(p. 55)と述べ,これは「学習過程において視聴覚教材のおのおのが占める位置,及び教材相互の関係位置とを説明する一種の簡単な視覚教材にすぎない」(p. 54)と紹介している。

それぞれが指し示すものは,この図では,上から順に,「言語的象徴,視覚的象徴,ラジオ・録音盤・写真等,映画,展示,実地見学,演示(デモンストレーション),演劇的参加,ヒナガタ経験,直接的・目的的経験」となっており,上下の軸は基本的に間接-直接経験,抽象度の高低と想定されている。

Daleの書籍に従い,下から順番に紹介をしていく。

1.直接的・目的的経験(Direct, Purposeful Experiences)とは,「われわれが直接に経験する現実そのもの」である。「それはすべての教育の根底をなす,豊かで包括的な経験である。児童・生徒が,視,触れ,味わい,感じ,操作するところの目的を有する経験である。それは現実の生活そのもの,なまなましい体験であり,普通われわれが『手に触れて確かめられるもの』『歯を立てて確認することの出来るもの』である。」と紹介し,「その結果に対して責任を負いながら,直接にそのことに参加して学習すること」を指す。

2.ヒナガタ経験(Contrived Experiences)とは,「『現実を編集すること』であり,現実を理解しやすいように構成すること」と紹介している。たとえば,自動車の機構については,単純化模型なり断面模型なりがそれにあたるとする。学習に便利なように「単純化し,整形したもの」である。

3.演劇的参加(Dramatic Participation)とは,「われわれが直接体験できないある種の現実に,われわれをできるだけ近く接近させてくれる」ものであり,「現実そのものでなく,再構成された経験を通して,現実に参与する」ことになる。

4.演示(デモンストレーション; Demonstrations)は,「あることがらがどのように行われるかを,そばで観ていることによって学習効果を挙げる方法」である。コーチがパスをやってみせたり,理科の教師が実験を演示することが例に挙げられている。

5.実地見学(Field Trips)は,他の人々が実際にたずさわっている仕事や行為を観る機会を指す。観察者であって,目の前で生起している事柄に責任を取るわけではない。「現象の外側に立っているのであって,その現象を,勝手に変更させたりする何らの権利も力も持たない」ことも特徴と挙げられている。

6.展示(Exhibits)は,ある意図のもとに配列された模型のみからなっている場合やひと続きの写真集や模型及び図表等と組み合わされたものに対し,「一観覧者としてみるもの」である。

7.映画(Motion Pictures)は,「実地見学とちがって,時間と空間の圧縮を伴って展開する」という特徴を持つ。その「現象に関係のある行動経験に一切たずさわることができない」ことも特徴として挙げられている。

8.写真・ラジオ・録音盤・レコード(Radio, Recordings, Still Pictures)は,「概括して『一次元』の教材として分類される一群の教材」である。ここで紹介されている次元とは,おそらく,これは知覚モダリティを指していると思われる。

9.視覚象徴(図表・グラフ・地図・その他; Visual Symbols)は,「一種の抽象化されたもの」であり,「文字通りの現実ではなく,その代用物」である。

10.言語象徴(Verbal Symbols)は,「もはやその元の形体をすこしも残していない,一種の教材」である。言語象徴は,「猫という言葉のどこを探しても,現実の猫を想起させる何物も含んでいない」とする。「言語象徴は猫,美(思想),信用(概念),万有引力(法則),H2O(化学記号),『正直は最善の策である』(ことわざ)等,いやしくも言語象徴の領域に属するすべての経験を包含する」としている。

Daleは,学習指導における視覚教材について,重複する部分や扱い方によっては位置が上下することも注意しながら,このモデルを提示した。たとえば,「学習指導の実際の場面では,三角錐の上位層に属する種々の抽象的教材が取り入れられ,組み合わされて,初めて所期の効果を挙げることができるのである。実際,ある一つの授業を考えてみても,直接経験,感覚経験の領域での責任ある直接参加から,高度の抽象性に至るまで,広い幅を持つ領域が含まれている。」と述べているように,レベル間の重複を認めている。

ただし,Dale自身も,記憶に関しても関心があったこと,また,三角錐の最下部にある直接的・目的的経験に重きを置いていたこともその文面から伺える。たとえば,「本書は,視聴覚教材が学習経験をより具体的にし,学習の結果をより永く記憶させるうえに効力があるゆえに,小学校から大学に至るすべての学習指導に多大の改善をもたらすことが出来るという根本原理に立っている。」(p. 10)とあるように,一つの評価軸として記憶を想定したことがわかる。他にも, 学校教育における「言語偏重主義(理解していない言葉を使う習慣)」を,実際の生活と乖離していると問題視し,「幼児が小学校1年にはいる前に覚えている約二千ぐらいの言葉は未だ読む述をならわないところに修得したものであり,手で触れ,眼でみ,耳できき,舌であじわい,他人との話しを通じて学んだものである。(略)すなわち,たいていの場合,それは直接経験,具体的経験を通して学んだものである,といえる。」と述べている。

3つのモデルの相違

ここまでに紹介した3つのモデルは,詳細な説明がなければ,類似したものとみなされるかもしれないが,重要な点において数多くの違いが見られる。

第一は,現在流布しているラーニングピラミッドで最も有効とされている「他者に教える」という方略は,初期NTLモデルにも存在していない,ということである。どこかの段階で,「コーチングを伴って」とあるコーチングの中のコーチという文言だけが残り,コーチする=他者に教える,と変換されてしまったのかもしれないが,これも予測の域を出ない。

第二は,初期NTLのモデルから,記憶する数値が登場していることである。先に挙げたとおり,Daleは記憶,具体的経験の大切さについて関心を寄せていたものの,このモデルに数値は付与していない。

ラーニングピラミッドに関する疑義

ラーニングピラミッドが問題のあるモデルであるということは,数多くの記事や書籍で指摘され,誤った “神話” であると紹介するものも多い(e.g., Benjes-Small & Archer, 2014; Bruyckere, Kirschner, & Hulshof, 2015; Lalley & Miller, 2007; 中井・嶋田,2017; Strauss, 2013; Thalheimer, 2006; 山本, 2011)。たとえば,Benjes-Small and Archer(2014)は,そのブログ記事の中で,現在流布しているラーニングピラミッドについて,1. どのような調査をすれば,このような整理された(たとえば,10%刻み)のような記憶率となるのか,2.このような広範囲にわたる検査をどうやって開発することができたのか,3.学習者が全ての90%覚えているということがありうるだろうか,4.内容と活動が切り離され,学習を正当に評価できるのだろうか,と問題点を挙げている。また,Lalley and Miller(2007)も,1.記憶に関する研究であれば,取り組んでいる時間は同じでなければいけないこと,2.教師の力量も同じでなければいけないこと(特定の方略に習熟しているかどうかが違えば,その差は方略の違いではなく,習熟度の違いであるため),3.内容が同じでなければいけないこと,4.従属変数は再生可能(測定可能)なものであること,が必要となることを指摘している。方略間では様々にオーバーラップしていると考えられる他(e.g., 教えるためには,何らかのインプットの必要が含まれる),どういった文脈のどういった内容の学習かどうか,ということが明示されていない本数値は,出自にかかわらずこの数値とその序列からだけでも信用することはできないものであることが分かる。

実際,Lalley and Miller(2007)は,いくつかの調査を紹介し,ある方略が一貫して優れているという傾向は認められず,ある学習方略がある文脈においては,他よりも効果的である,ということを紹介している。たとえば,直接の指導(direct instruction)は成績優秀な生徒や,例外的な扱いが必要な生徒にとって有効である(Eby, HerrelL, & Eby, 2006; Rosenshine, 1976; Adams & Engelmann, 1996)ことや,比較的背景知識の少ない社会経済的地位の低い子どもに対して有効である(Kim & Axelrod, 2005),という研究を紹介している。

ラーニングピラミッドの出自,とくに数値に関して

ここまで紹介してきたように,現在流布しているラーニングピラミッドの数値には根拠もなく,その妥当性も乏しいばかりか,出自に関しても到底科学的とは言えない変更が加えられてきている。山本(2011)は,数値付きのラーニングピラミッドに関して,1940年代にテキサス大学のPaul J. Phillips が軍隊および石油業界の訓練クラスで用いていた数値付きの視聴覚教材が,Dale(1946)の初版を経て発展していったのではないかというThalheimer(2006)の調査を紹介している。ただし,この教材についても,これを支持する研究を見つけられなかったという(Molenda, 2004)。

最近では,2014年に洋雑誌Educational Technologyで特集号が組まれ,このピラミッド型のモデルをCorrupted cone (腐ったコーン,または,崩壊した三角錐) と呼び,およそ50ページに及び,複数の論者が厳しく糾弾している (e.g., Subramony & Molenda, 2014)。そこでは先に挙げた数々のモデルに加え,数字の出自や関係する人物もその来歴とともに紹介されている (詳しくは,論文特集号,または,BetrusによるWebページ “The Corrupted Cone of Experience”(崩壊した “経験の三角錐” )(2016) を参照のこと)。

本論考では,数値に関する最も古い記載である “Journal of Education” の1913年の記事を紹介し,論を進めたい。なお,原典はJSTOR上で閲覧することができる (こちらから閲覧可)。数値の原型と考えられるものは,Haskell (1913) による “A good word for the Montessori method” (モンテッソーリ法の薦め) と題されたモンテッソーリ教育の紹介の記事に登場する。モンテッソーリ教育とは,1907年イタリア,ローマ市内のスラム街に開設された「子どもの家」( Casa dei Bambini) におけるマリア・モンテッソーリ(Maria Montessori) の教育法 (中山,1988) を指す。モンテッソーリは,医師として知的障害児へ感覚教育法を行い,その方法を確立していった。日本モンテッソーリ教育総合研究所のHPによれば,1913年にはアメリカへ講演旅行を行っているとされる。本記事は,1913年12月に刊行されたものであり,モンテッソーリ法への注目の中作成されたコメントであると言って良いだろう。Haskell(1913) の中では,モンテッソーリ法について「子どもの自由,自己統制と友好さに委ねつつ,それぞれの子どもの活動を正確に観察し,彼らが何を見,観察しているかを推測し,それぞれのケースにあった教育的な実験を用意し,それに対する子どもの反応を辛抱強く待つというこのやり方よりも,教師が前に立って行う一斉授業の方が遥かに容易であろう」と紹介している。その上で,モンテッソーリ法では, “doing”( 行なうこと) がその最も鍵となる,と紹介し,次の言葉を紹介している (Figure 4, 訳出は著者)。

モンテッソーリ法の鍵が “行なうこと” にあるならば,他のどんなやり方よりも,子どもは自らの活動によって多くを学ぶだろう; 私たちは10聞いたうち2しか覚えない。
私たちは10見たうち5を覚え,10触ったうち7を覚え,10行なったうち9を覚える。
もし子どもが教材とその意味に反応を示さないのであれば,その子はおそらくその準備状態にないのだろう。私たちの教育は全て,自分たち自身で学んでいくものでなければならない。

Figure 4. ラーニングピラミッドの数値の原型と考えられるもの
Haskell, 1913の抜粋)

これは箴言のようなものであり,何ら実証的な研究に基づいたものではないことは明らかであろう。ただし,この文言が,ここで初めて使われたことなのか,既に誰かが用いていたものなのかは定かではない。前後の文脈からも,子どもの活動を個別に支える教師の行動の大切さが説かれていることが伺えるが,それは「ただピアインストラクションを取り入れればよい」というようなラーニングピラミッドに基づくアクティブラーニング型授業の実施(誤った理解であるが)とは全く異なるものであり,皮肉としかいいようがない。

Daleの抽象性に関する三角錐の順序の元となったアイディアについて,Bruyckere, Kirschner, and Hulshof(2015)は次の二つの可能性を紹介している。第一は,John Adamsが “Exposition and illustration in teaching”(1910)で示した具体性に関する順序であり,(1)実際の対象(これは多かれ少なかれ非効率的なもの),(2)実際の対象のモデル,(3)対象のいくつかの側面を扱う図,(4)単なる言語的記述,の順に抽象度が上がるとした考え方である。第二は,Hoban, Hoban, and Zissmanの “Visualizing the curriculum, posited that the value of audiovisual material”(1937)で視聴覚の素材を連続的に並べたもので,総合的状況,対象,モデル,映画,立体写真,スライド,平面写真,マップ,図表,言語,の順に抽象度が上がるとした考え方である。ただ,両者の理論とも何かの経験的データに基づいた理論ではない。

ラーニングピラミッドを使用することの悪影響と潜在的危険性

ここまで,ラーニングピラミッドの問題点について,その出自,数値の信頼性など批判的に考察を加えてきた。

まとめると,具体-抽象の軸が学習方略と結び付けられ図示されたDaleの “経験の三角錐” と,感覚刺激や自主性を重んじる初等教育 (モンテッソーリ法)を紹介する文脈で用いられた箴言のようなものが,後に組み合わさって用いられ( e.g., 初期NTLモデル),数々の変形を遂げたものが一般に流布しているラーニングピラミッドであると言えよう。ただし,最初に組み合わせたのがNTLであるかは定かではない。数字には根拠は見当たらず,これを根拠とした使用には次に挙げる通り,様々な悪影響が考えられる。

1.ラーニングピラミッドを使用することの悪影響

ラーニングピラミッドは,「教える方がよい」という特定の価値観を与えているが,元となる図ではそのようなことは述べられていないだけでなく数値は到底信じられるものではない。
第一の問題は,ラーニングピラミッドは,ディスカッションの機会や,他者へ教えることがよいことの理論的根拠として用いられてしまうことにある。初期NTLモデルを見ても,Daleのモデルを見ても,教えることが他よりも遥かに優れている,ということを保証するものではない。

第二の問題は,学習の文脈や内容が抜け落ちたまま,他者へ教えることの良さが語られてしまうことにある。他者へ教える,ということ自体,初期NTLモデルにそもそも記載されていなかったことに加え,学習の効果に関しては,学習者,環境,教師の影響などが複雑に関連しあい,その内容や文脈によって異なる(e.g., Hattie, 2009)が,それを無視する形で言説が用いられてしまう。具体的には,使用者の都合のよいように「教える」という方略が解釈されて用いられる他,本来,特定の文脈においては効果の高い方法である講義についても,その効果が不当に低く見積もられ,講義へのモチベーション自体も減じてしまう可能性がある。これらは,ラーニングピラミッドを用いることの具体的な悪影響と言えるだろう。

間違ったものが科学的根拠を持っているかのように伝えられることで,実際の教育カリキュラムの作成過程に悪影響を与えうると考えられる。記憶という観点からのみ数値を読みとけば,1時間他者に教えるという時間を持てば,それは9時間講義を聞くのと同等,という判断ができてしまうが,決してそのようなことはないだろう。Lalley and Miller(2007)も紹介しているように,特定の文脈においては,他のものが優れているということがあり,方略に関して一義的に良し悪しを述べることはできないが,このモデルの使用はそうした過ちを引き起こす危険性を孕んでいる。

実際,文部科学省(2017)は,懸念に関して次のように述べている。

育成を目指す資質・能力を総合的に育むという意義を踏まえた積極的な取組の重要性が指摘される一方で,指導法を一定の型にはめ,教育の質の改善のための取組が,狭い意味での授業の方法や技術の改善に終始するのではないかといった懸念などである。我が国の教育界は極めて真摯に教育技術の改善を模索する教員の意欲や姿勢に支えられていることは確かであるものの,これらの工夫や改善が,ともすると本来の目的を見失い,特定の学習や指導の「型」に拘泥する事態を招きかねないのではないかとの指摘を踏まえての危惧と考えられる。

もし,現在流布しているラーニングピラミッドを元に,下位に位置する活動をアクティブラーニングと呼び,それだけを実施するならば,その教育効果が低いことは目に見えているだろう。文部科学省は,最終的な学習指導要領案からアクティブラーニングという言葉を外したのは,この言葉が「型」を想定させすぎてしまい,弊害が懸念されたからなのかもしれない。

2.直接経験と概念・命題の間がヒエラルキーで表現可能であるための前提条件

本論考では,流布しているラーニングピラミッドに加えて, Daleの “経験の三角錐” をはじめとした,階層モデルを用いる際の危険性に関しても批判的に検討を加える。

そもそもDaleの経験の三角錐は,どのような事象について成立するものであろうか。Daleは,その著作の中で,経験の有用化に関して,次のように述べている(p. 37)。

経験はいかにして有用化されるか,答えは一言にして尽きる。しかしその意味する内容は複雑である。経験はそれらに名前を附与し,一般化,法則化,原則化,概念化,習慣化,格言化,等のカタルシスを経てはじめて有用化される。この過程は幼児がある事物に単純な名前をつけることから,きわめて抽象的な数学上の公式を導き出す手順に至るまでの全範囲に当てはまる。(略)三角錐を上方に昇るに従い,最も直接的な経験から最も間接的な経験へと移行する。たとえば,幼児がはじめて試みる事物に命名するようなものから,量子物理学の学説のようなものへと移行する。この過程を十分理解すれば,われわれは,人類がその経験をどのようにして活用して来たかについて概観することが出来るであろう。

このことから分かるように,Daleは,具体的直接的経験の蓄積が,法則化につながる,という発想を持っていると考えられる。前に挙げたような,幼児が言葉を獲得する際の具体的経験の例を鑑みても,そのように捉えられよう。

すなわち,Daleの経験のピラミッドにおいて,具体から抽象にいたるこのヒエラルキーが成立するのは,学習する対象である事柄(たとえば,法則,命題,概念)が,個別の直接経験と矛盾しない,という強い前提に基づく。これは,全体と部分の関係からも述べることができるだろう。一部の観察が,全体の特徴や隠された法則・ルールに合致している場合には,経験の蓄積が法則の発見や概念の獲得に有効かもしれない。

しかし,具体的直接的経験と一般的な法則との関係を考えると,感覚経験の蓄積が法則の発見につながらない,むしろ抑制的に働くことも数多く存在する。たとえば,人種と性格の関連について,個人Aは,自分が経験したことから,ある法則性を見出すかもしれない。この場合の具体的経験には,どういったサンプルに接触するかという時点でもバイアスがかかっている(e.g., Denrell, 2005)うえに,少数のサンプルから全体の特徴を推測する際には,ステレオタイプに関する研究で明らかになっている通り,この過程でも多くのバイアスが存在する。人種と性格に関連は見られない,という科学的な検討により,もたらされた知見が,様々な差別・偏見を減じてきたともいえるが,こうした介入は,科学的検証を伴わない個人の具体的経験の蓄積だけでは難しいと考えられる。

また,個人が対象と接する際に,何がどこまで弁別可能か,という観点も必要であろう。Daleは量子物理学の学説も抽象化の例として挙げているが,生身の人間が世界を観察しただけではそうした新しい仮説を導くことは不可能であろう。Daleの問題意識は「言語偏重主義」という,授業で扱っていることがらと日常経験の乖離にあり,これは,Dewey(1938)が問題にしていた事柄と同一のものであると考えられる。しかし,直接経験の単純な蓄積で詳らかになる事象には制限があるといわざるを得ないだろう。

これらの問題について,Lewin(1942)は『社会的葛藤の解決』の中の「行為,知識,および新しい価値の受容」という論考の中で次のように明確に述べている(p. 80)。

三.たとい広汎な直接的経験をもっていても,そこから自動的に正しい概念(知識)が生れるわけではない。
何千年もの間,人間は落体について毎日のように経験してきたが,それだけでは重力に関する正しい理論に到達するには不充分であった。あまり適切でない概念から一層適切な概念への変化を招来するためには,真理に対する系統的な探索から成長してきた実験という,一連の,非常に日常的でない,人工的経験が必要であった。社会的世界における直接の経験が自動的に正しい概念を形成せしめ,適切なステレオタイプを生み出すのだと仮定することは従って筋の通らない話であると思われる。

アクティブラーニングを通した教育展開の目指す先に,社会的な事象,未知な問題の課題解決があるとするならば,Daleの抽象と具体のモデルも,何に関する法則・概念なのかという点,また,それに対して,何が直接経験可能なのか,という視点も取り入れることなしに用いられてしまえば,学ばれるものも矮小化してしまう危険性を孕んでいる。

私たちは,直接的経験によって法則を見出す一方,科学的・学術的検討によって明らかになった事柄も,私たちの知識や行動方略の更新に用いている。日々の生活によってそれらをどのように組み合わせて何を更新していっているのか,ということは,たとえば,拙論「人間関係学習論」(土屋,2017)といった枠組みで捉えていくことも有効かもしれない。

なぜラーニングピラミッドが用いられるのか

それでは,どうしてこうした疑義のある(ほとんど,デマに近い)ラーニングピラミッドが,これほどまでに未だに用いられるのであろうか。本論考では,数字の持つ一次元性と,これが用いられる文脈と力関係に関して考察を加える。

第一は,数字の持つ一次元性についてである。記憶定着率という観点で,様々にオーバーラップしている教授法が一つの軸で評価できる形になっていることも大きい。このラーニングピラミッドが用いられる場面をみても,アクティブラーニングを推進しようという文脈で紹介されることが多い。「これまでの方法に比べて,こちらの方法の方がよいことが保証されている」といういわゆるお墨付きを得られるからである。ただし,先に述べた通り,モデルは様々に変遷し,その数値も明確ではなく,用いることへは害悪さえ存在する。

第二は,ラーニングピラミッドの持つ自己複製性の強さ,言い換えるならば,ラーニングピラミッドは,変遷の過程で,強いミーム (meme) を手に入れたと言えよう。ミームとは,Dawkins(1976)が紹介した概念で,ある考えや様式が自己複製的に伝播することを捉える概念である。このラーニングピラミッドモデルが紹介されるのは,アクティブラーニングの紹介をする研修や本といった場面である。 現在,流布しているラーニングピラミッドモデルでは,「他者へ教えるという経験が最も有効」とされる。このモデルを紹介している場面において,講師や教師はまさに「教える」という立場にいる。すなわちこのモデルを紹介する(教える)場面において,教える側(講師や教師)が,最も有効な理解をしていることを暗に肯定しているという構造を持つ。このモデルは,教える側が自らの存在を肯定するモデルであると言え,その点からもこのモデルの使用が動機づけられると言えよう。さらに,「教える」ことが最もよいとモデルに埋め込まれているため,このモデルに触れた者は,まず手始めとしてこのモデルを「他者に教え」はじめるだろう。このように,現在流布しているラーニングピラミッドは,非常に強い自己複製性を持つといえる。

むしろ,様々に組み合わされ,変遷を遂げ,数多くの少しずつ異なるモデルが生まれてきた中で,現在流布しているラーニングピラミッド (科学的裏付けをまとい,「他者に教える」ことが最もよいという形で,視覚的にも覚えやすいもの) が淘汰の過程で残ったとも言えるのかもしれない。

終わりに

本論考を読んだあなたは,ラーニングピラミッドを紹介することを辞めるだろうし,実際に何かの根拠として用いるのは辞めた方がよいだろう。ただし,教え合うという方略が学習方略として,ある文脈では効果を持つこと(e.g., Balta, Michinov, Balyimez, & Ayaz, 2017)も申し添えておく。何より,これまで他の人にラーニングピラミッドを教えていたあなたが,この論考を読み,使用を辞めようと考えるのであれば,そのこと自体が,「他者へ教える」ということよりも,「本を読む」ということの方が影響が強いこともあるという一例となるだろう。

学習は,様々な要因が絡み合って成立していくものであり,その過程の改善には地道な工夫と取り組みが必要である。本論考は,一見妥当に見えるラーニングピラミッドの使用が,そうした地道な工夫と取り組みを損ずる危険があることを警告するものである。

本論考で検討してきた通り,ラーニングピラミッドを紹介することが,紹介する側の信頼を損なうことは明らかである。紹介する者の信頼を損なうということが流布すれば,それは使用を抑制する方向に働く,つまり, “神話” を終わらせることになるだろう。

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※Webページは,2018年2月23日閲覧確認済み。